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≫語録其の三・選択一覧
バンドするもんだ/ 食いしん坊・ヤクザ/ あぁ、凄えなー/ 僕らは上に行く 全部自分でやる/ たまげましたね/ 単純ですから(笑)/ それでいっか いなかった…/ 音もドライヴ/ キミもやん(笑)!/ もう俺はそこにはいなかった 情熱を傾けたい/ 名前を変えてデモ・テープ/ 思い切りたかった …それが…実は…/ 絶えずパワーに満ち溢れていたい 何とかなるやろう/ いいこと言うねぇ(笑)/ このバンドで味わった以上のものは バンドするもんだ フールズメイトA to Zインタビュー“B(BAND)”より。 「薫さんの人生にとって、バンドとは?」との質問に対して。 「よくわかんないですけど、“バンドするもんだ”と思ってましたから(笑)。 ステージに立ってる自分の姿が見えたんで、バンドで成功すると思ってました(笑)。 (中略)小学校の頃とかね、野球選手になりたいな、サッカー選手になりたいな、 漫画家になりたいな、とかありましたけど…… ステージに立ってギター弾いてる自分の姿が見えたんで、 “あ、俺はバンドをやるんやな”って思ってました。」 この後、ライターの東條さんは 「そこまで根拠のない思い込みを言われたら、僕には何も言えません(笑)。」 と言っておりますが(そして薫さんも爆笑しておりますが)。 これって、凄く大事なことだと思うんですよね。 物事により差はあると思いますが、皆どこかで感じている事だと思います。 雰囲気は和やかですが、凄く好きな言葉だったり。
(2003年フールズメイト2月号) 食いしん坊・ヤクザ A to Zインタビュー“D(Die)”より。 Dieさんの印象についての話で、Toshiyaさんは “電話をすると必ず何かを食べていた”と言う話を上げる。 “電話してても食べるのは止めたくない”というDieさんの発言に 「ただの食いしん坊やん(笑)。」と、ナイス突っ込み。 個人的に結構好きな突っ込みなので抜粋(笑)。 そして薫さんは、前のバンドの打ち上げで、ヤクザに絡まれた話を上げる。 はがい締めにされるものの、その場は何とか収まった。その後、Dieさんに 「もうちょっと行ってたら、俺、行ったろうと思ってたんやけど」と言われたらしい。 薫さんは「ほんまかよ(笑)!?」と思ったらしいが、 私もまず、口だけであったろうと推測する。 この手の発言をする時の人間の心理は、思うだけで身体は動かない。 因みに私は、ヤクザにはがい締めにされている薫さんを想像し、笑った(最悪)。
(2003年フールズメイト2月号) あぁ、凄えなー A to Zインタビュー“E(ECSTASY)”より。 絶頂や恍惚の問いに、レコーディングで“やったー!”と思う瞬間や、 ひとつひとつパートが入って来た時の“きたー!”と言う感触を上げる。 「リミックス作業でカチっとハマった瞬間は、相当快感らしいですね。」との問いには、 「ハマっただけじゃなくて、自分の予想を超えて予想外の効果を生み出した時とかね、 “あぁ、凄えなー”って。」と、答えている。 自分の感性を仕事にした人には、至福の時なんでしょうね。
(2003年フールズメイト2月号) 僕らは上に行く A to Zインタビュー“K(薫/京)”より、薫さんについて。 Toshiyaさんを全員で、長野に迎えに行った時の話より。 彼のお世話になったライブハウスの店長が、Toshiyaさんに “うちの事務所に入らないか?”と誘う。 “上に行ける保証もないじゃないか”と言われた時の、薫さんの言葉がこちら。 “いや、僕らは絶対、上に行きますから” Toshiyaさんは「薫くんは覚えてないかもしれないけど。」と結んでいるが、 なんと薫さんは本当に覚えていかった。 いい言葉なのに…覚えてたら格好いいのに…(笑)。 覚えているToshiyaさんが、とても彼らしいと思う。
(2003年フールズメイト2月号) 全部自分でやる A to Zインタビュー“D(DRAIN AWAY)”より。 薫さんは、傑作リミックスの話が焦点に(字がデカイのは私の心理描写/笑)。 「前まではエンジニアがいて、マニピュレーターがいて、 そしてリミックスをするメンバーがいるっていう… 要は(メンバーを作品の間に)人が加わっていたわけですよ。 そこに俺はじれったさっていうか、すごいもどかしさを感じて。 そういう人を雇ってやるとなると大きな場所がいるんで、 スタジオを借りなきゃいけない。スタジオを借りたら、時間(の制約) っていう限界が生まれてくる。そうすると、納得するところまでいかなくても、 どうしても時間(の都合)で仕上げる感じになってしまう。 “もっともっと突き詰めたい”っていう気持ちがずっとあったんでね。 で、そういうウザい事を排除していくと、結局“全部自分でやる” っていうことになって、全部自分の家でやったんですけど。」 語録と言うか、単に私がDRAINリミックスが大好きだから、と言うか(笑)。 バンドマンのこだわり。
(2003年フールズメイト2月号) たまげました A to Zインタビュー“M(MUSIC)”より。最近聴いてる音楽。 この時期、薫さんはPV集やライヴビデオを観ている方が多かったそうで。 中でもスマパン(スマッシング・パンプキンズ/最高)のPV集には“たまげた”らしい。 この短い段落の中で、二回も“たまげましたね”と言っているのだから、相当だろう。 横浜アリーナのDVD制作に、そのアイディアを拝借する気だったようだが(笑)、 私はPV集は持っていないので、まだ何とも言えない。 しかし“たまげましたね”と言う表現が妙に笑えるのは、私だけだろうか。
(2003年フールズメイト3月号) 単純ですから A to Zインタビュー“O(OPINION)”より、世間の評価。 「薫さんなんかは、褒めちぎられるとダメになっちゃうんですよね? 逆境にいた方がいいんですよね?」との東條さんの問いに、 「でもまぁ、褒められたら嬉しいですよ、単純ですから(笑)。 調子に乗りますよ、やっぱ。」 個人的なツボは、“単純”よりも“調子”のような気もする。 ライブ時で薫さんが、調子に乗りまくってナルシスト全開で 空回って物凄い煽りなんかをかましている時が大好きだ(笑)。
(2003年フールズメイト3月号) それでいっか A to Zインタビュー“P(PARENTS)”より。 薫さんの親御さんは?との問いに、きっぱりと「普通です。あんまり似てないです、俺。」 仲も普通で、昔は逆に、愛想を尽かされていたらしい。 何もしないでダラダラしていた期間が2年ほどあったと仰っていたので、 特にはその時期だろうか(勝手な推察)。 親御さんの気持ちはよく分かるし、妥当であろう。 「たまに実家に帰るか?」との問いには、 「してないです。この間、横アリを観に来たんでね、“それでいっか”みたいな(笑)。」 何となく掲載してみました。さぁどうぞ、“それでいっか”(笑)。
(2003年フールズメイト3月号) いなかった… A to Zインタビュー“Q(QUESTION)”より。 メンバーに何か質問したい事はないか?という議題だったが、話は出ず。 唯一出たのが、薫さんの 「(横浜アリーナ終了後の)打ち上げ、みんないつの間に帰ったん?」(笑) 最後までいたのは薫さんだけだったそうで、 「(気が付いたら誰も)いなかった…(メンバーを輸送する)車もなかったんで(笑)。」 語録と言うか、空回り哀愁的な薫さんがたまらない一品。 想像して笑うもよし。
(2003年フールズメイト3月号) 音もドライヴ A to Zインタビュー“R(列島激震行脚)”より。 横浜アリーナでツアー締めくくられた感想。 “みんなこの日に集中してたんやな” “今までやってきたことがここに集結したんかな” “今までやってきたことは無駄じゃなかったんや” などの言葉からも謙著なように、薫さんの充実感が感じられる。 「ギターの音がね、去年のツアーの中にはなかったくらい、一番いい音がしたんですよ。 広い会場だけに、音量も上げられるし、 その分、音もドライヴした感じだったんで、すごい気持ち良かったですね。」 …これを読む度に、DVDを観る度に、行けば良かったと後悔する馬鹿、ここに一人。 め、面倒で行かなかったんです…(苦笑)。
(2003年フールズメイト3月号) キミもやん(笑)! A to Zインタビュー“T(Toshiya)”より。 Toshiyaさんに対する印象を、Shinyaさんが発言。 「いつもの如く普通に喋ってて、普段なら普通に流れるところなのに、いきなり怒ってたり。」 これに薫さんがすかさず「キミもやん(笑)!」 微妙に面白いノリなので抜粋(笑)。突っ込みにどうぞ(笑)。
(2003年フールズメイト3月号) もう俺はそこにはいなかった A to Zインタビュー“V(VISUAL)”より。 最新のヴィジュアル(この時はDRAIN AWAY)について、コンセプトを問われる。 「なんか“ノリ”で決めたような気がするんですけどね。 ノリで作ってあとから後悔、みたいな(笑)。(中略) (衣裳のヴィジュアルを)考えている時はそこにいたんですけど、 出来上がって着なあかん時に、もう俺はそこにはいなかった、みたいな(笑)。」 空回り哀愁系語録シリーズ。後悔してらっしゃるのでしょうか、殲滅を(笑)。 ぶっ飛んだ薫さんは素敵であります。
(2003年フールズメイト3月号) 情熱を傾けたい A to Zインタビュー“Z(ZEAL/ZEST)”より。もっとも熱中出来ること、熱狂するものは? 「熱中してなきゃいけない事は、やっぱいい曲作って、いいライヴすることですよね。 バンドの中で次の展開とか考えると…もちろん考えるんですけど、 考えれば考えるほど最終的に出てくる結論っていうのは、 やっぱいい曲作って、いいライヴをする…そこにしか行き着かない。(中略) いい曲作っていいライヴするしか考えることはねぇなって感じなんですよね。 当たり前のことっていうか、読んでる人からすれば“そりゃそうだろう” って話になると思うんですけど(笑)、改めてそこに情熱を傾けたいっすね。」 単純に良いと思ったので抜粋。“情熱”は良い言葉である(笑)。
(2003年フールズメイト3月号) 名前を変えてデモ・テープ Child prey&six Ugly発売時。 “鬼葬”を作っている時から、次は“勢いがバーン!” と詰まったミニ・アルバムを作ろう、と言っていた〜との発言の中で出た言葉。 「最初は“名前を変えてデモ・テープでもいいか?”とか言ってたんですけど(笑)。」 別に語録でも何でもないのだが、デモ・テープとして出ていたら、 どうなっていたのだろうか(笑)。
(2002年フールズメイト9月号) 思い切りたかった Child prey&six Ugly発売時。 フル・アルバムになると、全体のバランスなどを考えなくてはならないが、 今回はそれがウザかった、という話から。 「とりあえず、思い切ったものを作りたかった。 要は、俺が好きな海外のバンドとか、アルバムを聴くとすごいパワーがあって。 それは何でかって言ったら、やっぱり思い切ってるからだと思うんですよね。 “俺らはこれなんや!”っていうのをガツンと打ち出してるっていうか。 いろんなタイプの人に向けて“俺らを聴いてくれ”っていうような見せ方じゃなくて、 “俺らはこうだから”っていう思い切った姿勢っていうか、 今はそういう時代というか、そういう時のような気がして。」 これぞバンドマンの一言に尽きます(笑)。 薫さんに“時代”とか言われると、異様に興奮するのは私だけでしょうか(笑)。
(2002年フールズメイト9月号) …それが…実は… Child prey&six Uglyを発売した頃には、ちょうどツアーが終わってしまう。 ※当時のツアー:列島激震行脚2002 MASTER OF MONSTER MY BOLOODY VAMPIRE(ZOMBIE) 当然、リリースに併せたツアーも控えているはず、ですよね? との問いに、薫さんが答えた言葉。 「(小声で)…それが…実は…あんまりないんですよね。」 「え!?」と驚きを隠せない東條さんに、「あっはっは」「わはははは」など、オヤジ笑い炸裂。 作品は夏に出るが、次のツアーは秋頃かな?という薫さんの発言に、東條さんの怒りも炸裂。 “何じゃ、そりゃ!?” 寧ろ東條さんのテンションが笑える(笑)。
(2002年フールズメイト9月号) 絶えずパワーに満ち溢れていたい 「バンド的に煮詰まった感じにはなりたくないっていうか。 実際、そういう時期もあったし、そういう時期も絶対必要なんだとは思うんですけど、 やっぱり、絶えずパワーに満ち溢れていたいですからね。 バンド的にも、ある程度中堅っぽくなってきてるわけじゃないですか、知らない間に(笑)。 ヘンに落ち着いたバンドではない、絶えず凄いパワーに満ち溢れ照る状態で、 カッコ良く歳をとっていきたいですね。」 個人的好み丸出しの引用。薫さんは素敵なロックオヤジにならなきゃ駄目です!!
(2002年フールズメイト9月号) 何とかなるやろう 結成して5〜6年、メンバー・チェンジとか解散の危機はなかったか? との問いに、サラリと「ないっすね。」 「基本的には、いつもの“何とかなるやろう”って(笑)。」 何事においても、こういった気持ちって強いですよね。 個人的には、この後の東條さんの“何とかなるやろうパワー?”との発言が笑えます(笑)。
(2002年フールズメイト9月号) いいこと言うねぇ(笑) “こんなに5人ともキャラが立っているバンドは少ない” との東條さんの発言に 「自分自身がDir en greyに育てられてるっちゅうか、そんな感じもしますね。 Dir en greyでいる自分が好きで、だから頑張れるっちゅうか。」 と、Dieさんが語る。そこに薫さん。 「…いいこと言うねぇ(笑)。」 何故だか妙に面白いので抜粋。良い発言をした人に、如何でしょうか(笑)。
(2002年フールズメイト9月号) このバンドで味わった以上のものは 「もしDir en greyが解散して、別のバンドをやったとしても、 このバンドで味わった以上のものは… 最初に自分がロックに出会った時の衝撃っていうのは、 絶対にそれ以降は、もう味わえないじゃないですか。 初めて“バンドをやりたい!”と思った衝撃っていうのは、 その後どれだけ凄い音楽を聴いたとしても、絶対に味わえないと思うんですよ。 そういう感覚に近いんじゃないですかね、Dir en greyは。」 度々こういう発言はしますが、読むたびに、良いなぁと思います。 今のバンドが解散しても、薫さんは絶対に音楽を辞めたりしないでしょうけど、 こういった発言を読むと、絶対に今のバンドで、 何かどエライ事をして欲しいなぁと、切に思います。
(2002年フールズメイト9月号) |
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