≫語録其の二・選択一覧


誰とも顔合わせたくないな(笑)/ 宅録マニア/ ライヴで訴えかける
こんなところで/ ピュア/ ヴィジュアル・ロック/ ロックは“スタイル”
洗脳せねば/ X/ 全てが始まった/ HIDEさん/ 煽り
めっそうもない/ 司令塔/ 否定から/ アトミック・ディルアングレイ
アメリカン/ 我愛機に乗せて…/ 俺らは日本人/ 自分はこれですべて






誰とも顔合わせたくないな(笑)

2度目の日本武道館公演を終えてのインタビューで、1度目と比較した時に出た言葉。
1度目が終わった時はこう思い、2度目の公演終了後の気持ちは
“みんな残ってくれてるかな?”だったそう。
言葉としても伝わる物は明らかで、読んでいても気持ちが良い。
なので、タイトルとして使うべきは二つ目なんでしょうけど。
一つ目の方がネタ的に面白いので、表題は最初の(笑)。
余談ですが、ミュージシャン・ヴォイスというギタリスト専門のサイトがあります。
そこに掲載されている薫さんのコメント(武道館時のもの)がとても良いです。是非。

(2001年フールズメイト7月号)
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宅録マニア

2度目の武道館公演終了後のオフをどう過ごすか、との質問にて。


「部屋に機材を持ち込んだんで、宅録マニアになります。」


バンドマンの普通の言葉だが、個人的にツボなので掲載(笑)。
またしても余談ですが、同号に掲載されている東條さんの武道館レポは絶品であります。
東條節炸裂。これで吹き出さない人はいない(笑)。是非。

(2002年フールズメイト7月号)
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ライヴで訴えかける

The type of Deityツアーを終えての、パーソナルインタビューより。
(以下、パーソナル関連が果てしなく続きます)
ホールは音は勿論、全てが裸の状態で見える。そこに自分達を置いたらどうなるのか、
自分達で見たかった。と、言う件から来た発言。


「“自分達はどこまでやれるのか?自分達にはライヴで訴えかけるものがあるのか?”
っていうのを確かめたかったし、鍛えたかったし。」


単純に良いと思うので抜粋。

(2000年フールズメイト8月号)
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こんなところで

「いいプレイが出来ると自然とガッツポーズが飛び出していたし、
東京公演では思わずポロっと、グッとくる瞬間があったりして〜」
と言う東條さんの言葉から発展。
「“ステージは異空間にしないと駄目なんだ!”っていう僕らの最初のテーマもあって、
そこを重視してたんですけど、やっぱり楽しい時は隠し切れないですよ。」
(東京公演の最後で泣いた事に対して)
「必死で“俺はこんなところで泣いてる場合じゃない!
こんなところで満足してると思われたら嫌だ!”と思って、必死に隠してたんですよ。
でも客席を見た時、ドッときてしまって、
ちょっと不覚だったなと思ってるんですけど(苦笑)。
あれは…自分でも信じられないことが起きたっていうか、
自分の中でも大きい出来事でしたね。」


この号のパーソナルは本当に好きです。それだけです(笑)。
嬉しくて泣く、というのも初めてだったそうです。良い話。

(2000年フールズメイト8月号)
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ピュア

最早何も気にせずに東條語録も入れる。以下、薫さんへの言葉。


「薫さんの考え方って、ピュアですよね。(中略)イメージだけで
ディルアングレイを戦略的なバンドだと捉えている人も沢山いると思うんですよ。
でも考え方としては、実はこんなにピュアなんだってところを僕はどうしても伝えたいんです。」


ライターとして有るべき姿を垣間見れる言葉。
ライターとアーティストの、理想の関係とも思える。

(2000年フールズメイト8月号)
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ヴィジュアル・ロック

薫さんのヴィジュアル系・ロックに対する物凄く好きな発言。以下部分的に抜粋。


“(偏見が)口惜しい時もあるけど、自分的には格好で判断されても構わない。
それを決めるのは聴いてる人だと思うので。”
“曲だけを聴かせたいから、格好をナチュラルにしようって考えはない。”
“僕の中のロック・バンドっていうのは、格好もすごいカッコ良くて、
ライヴも派手で、曲も凄い、そこに美学を感じる。気持ち的な部分で。”
“メイクを落としていく人のインタビューで、
気持ち的な部分でそういうものが必要なくなったと言う人が多い。
俺は歌だけで勝負する、曲で勝負する、そういうものは必要なくなった、と。
その人は核心に迫ろうとしている。と言うことは、そういう格好をしなくても核心に迫れる。
でも、敢えてそれをしなくなったということは、
今までのあなたは何だったの?という疑問が生じる。
僕は核心に迫れたら、曲で勝負出来るなら、格好はこのままでいいって考えなんで。”
“格好は嫌いでも、曲は好きだと言わせればいいだけの話”
“スタイル的なものを好きにさせないで、ただ曲を好きにさせるだけでいいのか?
曲を好きにさせたら、バンド・スタイルも好きにさせればいいじゃないかって。”
“バンドを作り上げた時には、バンドのスタイル的なものが強く出る。
どっちかと言ったら、曲はその後についてくるもの。
やっと曲が追いついてきたのに、何故当初のスタイルを引っ込めてしまうのか。
僕はそこに凄く疑問を感じる。よそのバンドだからどうでもいいけど、僕らはしたくない。”


こういう人以外に、ヴィジュアル系という言葉は相応しくないと思うし、
こういう人がいるからこそ、決してヴィジュアル系と言う言葉を否定的にしたくないと思う。
問答無用で適切・名言。

(2000年フールズメイト8月号)
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ロックは“スタイル”

薫さんの美学の確定を探る東條さん。まずはロックとの出会いから。


“ロックという音楽をロックとして受け止めたのは中学校3年生くらい”
“それまでもBOOWYやブルーハーツなどは聴いていたが、ロックというよりBGM的な存在”
“ロックを感じたのは、中3の時に聴いたデッド・エンド”
“みんながBOOWYを聴いてる中で、自分はデッド・エンドを聴いていて、
こんな音楽を知ってるヤツはいないはずだ!という、
そういう音楽を聴いてる自分がカッコいいって気持ちがあった”
“皆が偏見で嫌うような、クラス全員が好きじゃないところに美学を感じた”
“ロックは曲じゃないと思う。スタイルだと思う”


こういう、中学生くらいの自分の気持ちも忘れず、且つ、
自分の考え方の基盤が持てるというのは、音楽を続ける上でとても大切な事だと思う。

(2000年フールズメイト8月号)
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洗脳せねば

語録っぽくて良いかな、と思ったので抜粋。
高校にロックを聴いてる人が殆どいなかった為、思った事が
“洗脳せねば”(笑)。
いろんな人にXなどを聴かせ、写真を見せ、格好良さをアピール。
うまい事のせて、見事初のバンドを作った手腕は見事(笑)。
いかにも高校男子といった感じである。

(2000年フールズメイト8月号)
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X
言うまでもない話ですが、自身としてもやはり外せないポイントであります(興奮)!!


「最初、中学3年の時にXを聴かされたんですよ。その時のXは、
僕の中では聴きやすいように感じで、“ちょっと違うかな?”って思ってたんですよ。
でも、メロがキャッチーだったから、頭のどこかに残ってたんでしょうね。
で、高校に入って、
Xがデビューしたのは89年4月21日なんですけど(笑)、
※いちいち喋る辺りがたまりません
(中略)『BLUE BLOOD』を聴いたら、今まで体験したことのないような感動があったんです。
鳥肌が立って、落ち着けない気持ちになったというか…。」


因み私は、これがYOSHIKIでした。電気走ったんで。

(2000年フールズメイト8月号)
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全てが始まった

内容的には上記項目に入れるべき言葉。でも絶対に語録だから分けます(笑)。


「…そこからですね、全てが始まったのは。」


上手に日常生活に取り入れ、笑いを掴む事をお薦めします(笑)。

(2000年フールズメイト8月号)
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HIDEさん

この辺は個人的にも打つのが楽しくてたまらない(笑)。
薫さんのHIDEさんを形容する言葉は、まさにパワフル。


「『爆発寸前GIG』のビデオが出たんですよ。そのライヴ・ビデオのHIDEさんを見て、
“この人は人間なのか?
どこの星から生まれて来た人なんだろう?”

って衝撃を受けて、(管理人注:地球)
そこからはHIDEさん以外目に入らなかったですね。」


打ってて楽しいとしか言えません。顔ニヤけます。
モッキンバード買った時の言葉も凄いですよね。沢山喋ってますが。


「遂にあのギターが俺のところに来た!っていう喜びが全てでしたよね(笑)。」


ですからね。まさにギターキッズ。

(2000年フールズメイト8月号)
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煽り

薫さんが初めてXのライヴを観た時の話。
大阪でライヴはあったが当然ソールドアウト。しかし“どうしても近くに行きたい!”
という気持ちから、当時の有り金を全て持って(5000円)会場へ。
ダフ屋に頼み込み、帰りの交通費のみを残し、4000円でチケットを入手。
(このダフ屋、絶対人情に動かされたんだろうな…)
席は一番後ろだったけど、そこで初めてXを、HIDEさんを観た。
ロック・バンドを初めて観たにも関わらず、我を忘れて盛り上がった。
どんな曲をやったかあまり覚えていないが、唯一鮮明に覚えているのが、
TOSHIさんが自分の方を見て煽ってくれたこと。
こっちを見たので“うぉー!!”と盛り上がった薫さんに、TOSHIさんが頷いてくれたそう。
薫さんの頷きの原点はここにあるのかもしれない(?)。
嬉しかった気持ちを忘れないって、大事ですよね。

(2000年フールズメイト8月号)
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めっそうもない

薫さんがXに熱狂したように、今ディルを観て、同じ心境にある人も沢山いると思う。
それを実感するか?との東條さんの問いから出た発言。
見られているという意識はあっても、自分がHIDEさんを見ていた感覚で、
自分の事は捉えられない、との事。
もちろん、自分自身ではそうは捉えられないと思うが、
ライヴ会場で薫さんに懸命に声援を送る男性も、やっぱり同じ気持ちなんだと思う。紛れもなく。

(2000年フールズメイト8月号)
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司令塔

薫さんの中での理想のディルアングレイ像はあるのか?と問われたが、
理想や目標は、あまり立てたくないと思っているそうで。
以下引用。


「ディルアングレイの中で“僕がしっかりしないとダメだ”
っていう自覚が自分自身の中にもあるんです。
バンド内で自分が舵をとっている自覚があるんですよ。(中略)
だから僕が“バンドはこうじゃなきゃいけない”と発言する事によって、
他のメンバーがそっちに行ってしまうという状況は、
それはバンドをやっている人間として失格やと思うんですよ。
“他のメンバーの個性を引き出さないといけない”
っていうのが僕の役割だと思ってるし。(中略)
だから目標とか理想を僕は抱かないですし、言葉にもしないし、
それはメンバーにも言ってるんですよ。」


こんな薫さんだから、東條さんはいつも“司令塔”という形容を使うのだと思う。
なので、内容は別として、司令塔は東條語録(笑)。

(2000年フールズメイト8月号)
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否定から

この後に出るアルバムの話で出た言葉(雑誌掲載当時はMACABRE発売前)。
以下引用。


「新しいものを作るっていくってことは、まず今までの自分らを拒否するというか、
否定することから始まると思うんです。
今までの自分を一回否定しないと、新しいものは生まれないと思うんですよね。」


バンドに限らず全てに共通することでしょうか。良い言葉です。

どうでも良いですが、この号(フールズメイト2000年8月号)
から引用したい事はまだまだありました。
ありましたが、私の恥ずかしさの限界レベルも超えまくってるので、無理矢理締めます(汗)!!
…あー、ギャグでごまかせないって辛い…(苦笑)。

(2000年フールズメイト8月号)
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アトミック・ディルアングレイ

メジャーデビュー直前、LAでレコーディングをしている時期。
「ディルアングレイにとって、99年はどんな年になりそう?」との問いに


「今、俺たちがやっていることがうまくいけば、
99年はアトミックな俺たちが見れることでしょう。
大暴れしますよ!今年のテーマは、アトミック・ディルアングレイです!」


ほどよく面白かったので抜粋(笑)。
「今日の私はアトミックよ!!」などと使うと良いかもしれない(良くない)。
余談だが、LAで食べる中華は全て焼き鳥の味がするらしい。

(1999年2月号BANDやろうぜ)
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アメリカン

アリーナ37℃のパーソナル企画。
日本家屋のような所で撮りたいと思ったのは? との問いに


「自分自身のスタイルはもう決まってたんで、
それにマッチしないシチュエーションで撮りたいなと思ったんです。
俺だけを見たらちょっとアメリカンな感じがすると思うんですけど、
そういうとこじゃない場所で撮影したかった。」


マッチしないという点は分かるが、そんなに言う程アメリカンかな?
といった感触もあったので、個人的な趣味で抜粋(笑)。
でもこの号好きです。写真も良いし、薫さんとジャガーだし。
ジャガーだし。ジャガーだし!!←しつこい。

(2001年ARENA37℃6月号)
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我愛機に乗せて…

同上パーソナルインタビューの1Pの見出し。全文は
“散りゆく事のないこの想い 我愛機に乗せて…”
薫さんの発言が元ではあるが、なかなかに臭さ全開な見出し。
関係ないが、私は自分の好きなものをすぐに母親に見せる癖がある。
「見て見て、格好いいでしょー??」(やめなさい)
とそのページを開いたものの、この見出しがあった事を思い出し
すぐさま次のページに進めた。懐かしい思い出。

(2001年ARENA37℃6月号)
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俺らは日本人

「聴いてる音楽はアメリカだったりイギリスだったりするし、
そういうサウンドに憧れたりもするけど、俺らは日本人やから
好きなサウンドをやっても、ただかぶれてるだけになると思うんですよ。
俺も小さい頃は歌謡曲を聴いて育ったし、
日本人のメロディが身体に染み付いてると思うんで、
それをふまえた上で自分たちの音と融合させていかないと
日本でやってる意味がないと思うんです。(中略)
基盤的なものにはいろいろ影響を受けたものや
こだわりがしっかりあるんだけど、パッと聴いた瞬間に
『日本のロック・バンドだ』っていう印象をちゃんと与えたい。」


こう思わない人は嘘だ。こう思う人が好きだ。

(2001年ARENA37℃6月号)
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自分はこれですべて

撮影には、ステージ用の機材を全部持って来ていました。
以下は桜の下で機材を並べて撮った写真について。


「自分はこれですべてなんだっていうことを、表現したかった。
もちろん、取材を受けて言葉で答えることもあるけれど、
自分が一番ものを言えるのはこれなんだっていうことを、
写真を通じて伝えたかった。(中略)
桜が自分の想いで、花が散らないようにその下に機材が並んでいる。
そういう意味合いで、桜と機材なんです。」


こだわりと臭さの融合した発言。かゆいけど良し。

関係ないですが、インタビューでその後、ライターの大島さんに
「薫くんってなんとなく和っぽい雰囲気があるよね?」
と言われている。これに対し薫さんは、


「それは、よく言われます。畳がよく似合うとか。
浴衣を着て冷奴を食べながら花火を見ているとか(笑)。
なんででしょう?そういう顔なんですかね?
“日本人!”っていう顔なんですね(笑)。」


確かに日本人的なお顔だと思うが、ここでの問題は私の読み見間違いである。
“冷奴を食べながら”を、何を血迷ったか
“冷笑浮かべながら”と見間違えたのである。
この話をした時の、友達の言葉を私は決して忘れないだろう。
「それはお前の妄想と願望だ」と。
ソンナコトナイヨ。つーか冷奴のが欲望に近い。

(2001年ARENA37℃6月号)
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